なぜ?図鑑 蚊に刺されると、なぜかゆい? 第5章/全5章
蚊を放して、デング熱を減らす? ボルバキアと、町で確かめる科学
蚊を放す対策の中には、ボルバキアという細菌を持つ蚊を使い、デングウイルスを人へ運びにくくする方法があります。蚊の数を減らす方法とは、狙う所が違います。インドネシアでは、地域を分けて人のデング熱が減るかを比べた研究もあります。
ただ蚊を増やせばよいのではなく、専門家が地域の人と進める対策です。この章だけでも、仕組みから順に読めます。
読む時間・対象・資料
この章だけで読み切れます(約12分)。前後の章は、記事の下の一覧から選べます。
この記事蚊を放して、デング熱を減らす? ボルバキアと、町で確かめる科学
まず、ひとつわかろう
いちばん知りたいところから。
蚊を放す対策の中には、ボルバキアという細菌を持つ蚊を使い、デングウイルスを人へ運びにくくする方法があります。
- 01目標は、蚊を放すことではなく、人の病気を減らすこと。
「蚊に困っている町で、蚊を放しました」。
- 02数を減らす方法と、運びにくくする方法。
ところが、同じボルバキアを使いながら、別のことをねらう方法もあります。
- 0324区域を分け、人のデング熱を比べた。
蚊の体内で変化が起きても、実際に町の人を守れるかは、もう一つの問いです。
紙に「数を減らす」と「運びにくくする」の二つを書く。
01・逆転の発想目標は、蚊を放すことではなく、人の病気を減らすこと。
「蚊に困っている町で、蚊を放しました」。見出しだけなら、逆のことをしているように聞こえるね。何を変えようとしているのか、蚊の体の中へ目を向けてみよう。
ボルバキアは、蚊とは別の生き物
ボルバキアは、さまざまな昆虫の細胞の中で暮らす細菌の仲間です。蚊の名前でも、デング熱を起こすウイルスの名前でもありません。研究では、普通はこの細菌を持たないネッタイシマカに、特定のタイプを持たせた蚊を使います。「虫の中に、さらに小さな生き物がいる」という関係が、出発点になります。
蚊の体内で、ウイルスが増えにくくなる
デングウイルスが人へ渡るには、蚊の体内でも増え、唾液を作る場所まで進む必要があります。研究で使うボルバキアは、蚊の体内でウイルスが増えるのを妨げ、運びにくくします。人へ薬を注射する蚊でも、人の体を治療する蚊でもありません。ねらいは、感染を次へつなぐ途中の働きを変えることです。
一匹だけでなく、地域の蚊とのつながりを考える
この細菌は、メスから卵を通じて次の世代へ受け継がれます。その性質を利用し、地域にいるネッタイシマカへボルバキアを広げ、ウイルスを運びにくい集団にしていくのが、置換法(ちかんほう)と呼ばれる考え方です。全ての蚊がいなくなる作戦ではありません。
02・似ているけれど違う数を減らす方法と、運びにくくする方法。
ところが、同じボルバキアを使いながら、別のことをねらう方法もあります。どちらも「蚊を放す」と紹介されるので、ここを分けるとニュースが読みやすくなります。
オスを使い、次の世代が育たない組み合わせを利用
CDCが紹介する抑制法(よくせいほう)では、ボルバキアを持つオスのネッタイシマカを使います。そのオスと、この細菌を持たない野外のメスとの組み合わせでは、卵がふ化しません。それを利用して、対象の蚊の数を減らします。オスは人の血を吸わず、蚊同士が戦って相手を倒す方法でもありません。
次の世代へ受け継がせる方法では、メスも関わる
一方、先ほどの置換法では、ボルバキアを持つメスも次の世代へつなぐ役割を持ちます。「放す蚊は全部オスだから刺さない」という説明を、こちらへそのまま写すことはできません。数を減らすのか、ウイルスを運びにくくするのか。同じ道具の名前より、何を変える方法なのかが大事です。
「蚊がまだ飛んでいる」だけでは採点できない
置換法なら、蚊を見かけたことだけで失敗とは決まりません。逆に、対象の蚊が減ったという結果だけで、人の病気への効果まで全部わかったとも言えません。蚊の種類、使う方法、確かめる結果をセットで読みます。世界中の全ての蚊や病気に、同じように使えるという話でもありません。
同じ「蚊を放す」でも、変える所が違う。
- A抑制法:対象の蚊の数を減らすボルバキアを持つオスと、持たないメスの組み合わせ → 卵がふ化しない → 次の世代を減らす。
- B置換法:ウイルスを運びにくくするメスから卵を通じ、次の世代へ細菌が受け継がれる → 地域の蚊を、ウイルスを運びにくい集団へ。
- ◎共通の目標:人の病気を減らす蚊の数や性質が変わったかと、人のデング熱が減ったかは、別々に確かめる問いです。
03・町が研究の舞台に24区域を分け、人のデング熱を比べた。
蚊の体内で変化が起きても、実際に町の人を守れるかは、もう一つの問いです。ここでは2021年に発表された、インドネシアのジョグジャカルタの比較試験を見ます。
いつもの対策を、片方の地域だけやめたのではない
研究では24区域を、ボルバキアを持つネッタイシマカを使う12区域と、使わない12区域へ無作為に割り付けました。無作為とは、都合のよい所だけを選ばないよう偶然を使う分け方。両方で、それまでの地域の蚊対策を続けました。「新しい方法を加える効果」を比べたのです。
赤い点ではなく、検査で確かめたデング熱を見る
対象は、発熱で診療所を訪れ、研究の条件に合う3〜45歳の人たちです。検査でデング熱と確かめられた人と、対象の検査が陰性だった人を比べ、住む区域との関係を分析しました。住民全員を刺させた実験でも、かゆい点の数を比べた実験でもありません。
24区域を、12区域ずつの比較へ。
- 01同じ町の、同じ時期に比べる地域を二つの組へ割り付け、新しい方法を加えた場合と、通常の対策だけの場合を比較しました。
- 02診療所の検査で確かめる発熱して受診し、条件に合う人を調査。住民全員の赤い点を数えたわけではありません。
- 03人のデング熱への効果を見るマスの数は区域数です。病気になった人数や、対策の成功率を表す図ではありません。
効果は約77%。でも、何が減った数字?
この試験で、症状があり検査で確認されたデング熱への予防効果は、77.1%と推定されました。いつもの対策だけの区域と比べた、病気を減らす効果です。「蚊が77%減った」「刺された100人のうち77人を治した」という意味ではありません。蚊の体内で起こる変化が、人の病気を減らすことへつながった点が、大きな発見です。
小数点まで書いても、ぴったり決まった答えではない
研究の数字には、調査に伴う不確かさがあります。論文では一つの推定値だけでなく、65.3〜84.9%という幅(95%信頼区間)も示しています。まずは「点が研究の推定値、線がその不確かさを表す範囲」と読もう。この町の研究結果は、日本の自分が次に刺された時の感染確率ではありません。どの町でも必ずこの範囲の効果が出る、という保証でもありません。
一つの推定値と、不確かさの幅をセットで。
- 点77.1%は、研究で得た推定値いつもの対策だけの区域と比べた、症状のあるデング熱への予防効果。蚊の数が減った割合ではありません。
- 線65.3〜84.9%は、不確かさの幅一つの数字だけではわからない不確かさも示します。「95%の人が守られる」という意味ではありません。
04・研究の、その先よいアイデアを、暮らしで使える対策にするには。
「仕組みが面白い!」の次には、「うちの町ではどうだろう?」が待っています。理科の知識だけでなく、説明すること、聞くこと、確かめ続けることも科学の仕事です。
説明を聞き、質問できることも大切
World Mosquito Programは、地域の人や行政と話し合いながら進めると説明しています。もし自分の町なら「どの蚊を使うの?」「何を調べれば効果がわかる?」「困った時は誰に聞く?」と質問したいね。これは考えるための問い。面白い発明だからと、暮らす人の心配を置き去りにはできません。
一つの成果と、どこでどう使うかは別の問い
WHOは2026年6月11日の案内で、置換法などの研究を改めてまとめ、指針づくりを進めるとしています。研究成果があることと、どの地域でも同じ方法で導入できることは別です。気候、地域の状況、続けて確かめる体制なども考える必要があります。この日付の発表を、世界共通の推奨が完成したとは読みません。
家で放す実験ではなく、ニュースを読む力に
これは専門家と地域が取り組む対策で、家庭で蚊や細菌を育てたり、外へ放したりする実験ではありません。「病気を運びにくい」と「刺されてもかゆくない」も別です。自分は大人と虫よけなどの備えを続け、体調不良は相談します。持ち帰るのは、蚊ではなく「何を変え、何で確かめた?」という質問です。
今日の一歩家族に、二つの作戦を説明してみよう
「蚊を放す」という見出しの続きを、自分の言葉で書いてみる。実物も、体の記録も使わない紙の上の活動です。
- 紙に「数を減らす」と「運びにくくする」の二つを書く。
- それぞれに「何を変える?」を一言で書き、両方から「人の病気を減らしたい」へ線を引く。
- 家族へ「蚊を見かけたかだけでなく、人の病気まで確かめるんだね」と説明する。
蚊の採集・飼育・放虫や、細菌を扱う実験はしません。家族の血液型・体臭・病歴などを集める活動でもありません。
親子で話す家族にも聞いてみたくなったら。
-
蚊がまだ飛んでいたら、対策は失敗したと言える?
子ども図のAとBで、何を減らしたいかが違うことを説明する。
おとな見えやすい数だけでなく、最終的に知りたい結果を考える面白さを話す。
-
新しい方法を使わない区域も、蚊対策を続けたのはなぜ?
子ども何もしない場所と比べる話ではなく、いつもの対策へ加える効果を調べたと話す。
おとな試験に参加する人の暮らしと、比較する条件の両方に目を向ける。
-
「77%減った」だけの見出しに、何を付け足したい?
子ども蚊の数? かゆい点? 人の病気? 何を比べた数字かを付け足す。
おとな正解の数字を暗記させず、「何が・何と比べて・どの研究で」を一緒に探す。
-
自分の町で新しい対策を始めるなら、何を聞きたい?
子ども「どの蚊?」「何を測る?」「誰に相談?」から一つ選ぶ。
おとな賛成・反対を急いで決めさせず、知りたいことを言葉にするのを手伝う。
よくある質問もう少し気になったら。
ボルバキアは、デング熱のウイルスのこと?
違います。ボルバキアは細菌の仲間で、デング熱を起こすウイルスとは別のものです。ここで扱うのは、蚊の中で暮らす細菌の性質を利用する方法です。
放す蚊は、どの方法でもオスだけ?
方法によります。ここで紹介した抑制法はオスを使いますが、置換法ではメスも次の世代へつなぐ役割を持ちます。「蚊を放す」という一言だけで、仕組みや刺すかどうかを決めないでください。
遺伝子を書き換えた蚊なの?
ここで紹介したボルバキアを利用する方法は、蚊の遺伝子を書き換える方法とは別です。細菌を持つことと、遺伝子を改変することを区別します。「研究室で扱った生き物」は全部同じ技術、とは言えません。
77.1%は、100人中77人が治ったということ?
違います。これはデング熱になった人を治療する試験ではありません。新しい対策を加えた区域と、いつもの対策だけの区域を比べ、症状のあるデング熱を減らす効果を推定した数字です。刺される回数が減った割合でも、あなた個人が守られる確率でもありません。
数字の計算まで知りたい人へ:どうやって効果を求めたの?
研究では、発熱して受診した人のうち、検査でデング熱が確認された人と、対象の検査が陰性だった人の住む区域を比べました。その比較で得た「オッズ比」という指標から、100×(1−オッズ比)で予防効果を計算しています。論文のオッズ比は丸めて約0.23、予防効果は77.1%です。区域ごとの患者数をただ引いた数字でも、全住民を分母にした感染率でもありません。本文は、この計算を覚えなくても読めます。
病気を運びにくいなら、刺されてもかゆくない?
そうとは言えません。かゆみは蚊の唾液に対する体の反応で、デングウイルスを運ぶこととは別です。見た目から研究で使う蚊を判断したり、わざと刺されて確かめたりせず、ふだんの備えを続けます。
家でも蚊を放せば、同じ効果が出る?
いいえ。普通の蚊を増やしても、この方法にはなりません。蚊や細菌を育てる・持ち運ぶ・放す活動はしません。地域の対策は専門家と行政などが判断するもので、家庭では大人と通常の虫よけを続けます。
出典この章を書くために読んだ資料。
- Mosquitoes with Wolbachia(2024年5月14日)米国疾病予防管理センター(CDC) オスのネッタイシマカを用い、特定の交配で卵がふ化しない性質を利用する数の抑制を確認。米国の許認可を日本の制度へ転用せず、家庭での飼育・放虫の手順は掲載しません。資料 ↗
- How WMP’s Wolbachia method worksWorld Mosquito Program(研究・実施団体) 細胞の中にいる細菌、卵を通じた次世代への継承と、ウイルスを運びにくくする方法を参照。実施団体の説明であり、効果の検証は比較試験、国際的な評価状況はWHOの資料と分けています。資料 ↗
- Efficacy of Wolbachia-infected mosquito deployments for the control of dengue(2021)ガジャマダ大学など・NEJM/PMC Methods・Resultsの24区域の比較、発熱受診者の検査、オッズ比から求めた予防効果と95%信頼区間を参照。住民全員の感染確率や、日本の個人の効き目には置き換えていません。資料 ↗
- 同試験の出版版要旨(NEJM・2021年6月10日)モナシュ大学・研究成果リポジトリ 出版版要旨の予防効果77.1%、95%信頼区間65.3〜84.9%を本文と照合。同じ試験の別の掲載場所であり、独立した二つ目の試験としては数えません。資料 ↗
- WHO update on the assessment of Wolbachia population replacement(2026年6月11日)世界保健機関(WHO) 置換法・抑制法の証拠の再評価、指針と実施手引きの検討状況を確認。この日付の発表を、世界共通の導入推奨が完成したという説明にはしていません。資料 ↗
- About Mosquito Bites米国疾病予防管理センター(CDC) 吸血時に入る唾液と、かゆみ・腫れの関係。全ての蚊が病原体を持つわけではありません。米国の虫よけ製品の案内は、日本の使用条件とは分けています。資料 ↗
資料の読み方について
公的機関・研究機関・専門団体の資料を優先しました。一般向けの学習記事で、専門家の監修は受けていません。個別の診断や指示ではありません。
おうちの方へ
いっしょに読むためのヒント。
見えやすい数だけでなく、最終的に知りたい結果を考える面白さを話す。
蚊がまだ飛んでいたら、対策は失敗したと言える?
次の一章。
- 1 血を吸う理由と蚊の一生蚊は、どうして血を吸うの? オス・メスの食事と、水から始まる一生約14分
- 2 自分ばかり刺される理由どうして自分ばかり蚊に刺されるの? におい・血液型と「刺されやすさ」の科学約12分
- 3 虫よけ・かゆみの手当て子どもの虫よけ、どう選ぶ? ディート・イカリジンと、刺された後の手当て約15分
- 4 病気を運ぶ仕組みと、うつらないもの蚊はどうやって病気を運ぶの? 血と唾液の通り道をたどろう約18分
- 5 蚊を放して、病気を減らす?蚊を放して、デング熱を減らす? ボルバキアと、町で確かめる科学約12分
蚊に刺されると、どうしてかゆいの?に戻る · からだ・健康の記事を見る
- 蚊はどうやって病気を運ぶの?蚊の体内で何が起こるか、血と唾液の図からもう一度たどれます。
- 今日使える虫よけと、かゆみの手当て地域の大きな研究と、自分が今日できる備えを分けて考えます。